めげない、しょげない、

あなたの暇つぶしの最終手段になりたい

希望のはなし

 

ぼくは幸せだ。

この気持ちを失わないために、今ここではっきりと言っておかなければならない。

 

 

もう一度言おう。ぼくは幸せだ。

 

 

もうすでに消しちゃったから読んでくれた人にしか伝わらないけど、これは前回の記事の内容を踏まえている。あれを書いたあと、ぼくは「せっかく学生なんだから全休を使って最高の1日をつくろう」と計画した。

 

 

 

朝は早起きして地元の映画館に「バックトゥザフューチャー」を観に行った。ツイッターにも書いた通り、実はこれを観るのは初めてのことだった。でも、逆に今まで知らなくて良かった。手放しで大絶賛できるほどに素晴らしく本当に面白い映画だった。あの作品の初鑑賞を映画館のスクリーンで体験できたという価値は計り知れない。この前観た「スティング」も最高にカッコよくて面白かったけど興奮度で今回のが勝ってしまったのは少し申し訳ない

 

そのあとのことはそれなりにうろうろしてたから詳しくは割愛する。友人が働いている地元の古着屋でカッコいいズボンを買い、お昼にスシローでお寿司を食べて、夜はここ最近でいっちばん食べたかった焼肉を地元の友人とお腹いっぱいになるまで食べた。「最高」と形容するほかない。

家は貧乏だしぼく自身も決して余裕のある生活はできていないはずのにこれは…ただの贅沢者だ。でも、今のぼくにはこの1日が間違いなく必要だった。結果として、ぼくの1日の計画は想像よりもずっと素敵で幸せを感じられるものになってくれた。

 

 

ぼくは幸せだ。

そう思うと、絶望なんてないんじゃないかと思えてくる。

 

 

女手一つでぼくと兄貴の両方を大学に進学させ、生活が豊かとはお世辞にも言えないのに、いつも凛として気高く生きる母親の子供に生まれて幸せだ。5つ年上の兄貴が、ぼくの小さい頃からぼくのために「兄貴」をやってくれていたことを、この歳になって母親から聞いた。そんなカッコいい兄貴と母親に育てられたぼくは幸せだ。

こんなぼくと、いつも仲良くしてくれる友人と先輩後輩がいてくれることが幸せだ。楽しいことを全力で共有し、つらいことは吐き出させてもらえる人たちに囲まれて幸せだ。けっきょく大学にはひとりも友人がいないけど、ぼくはこの人生のいろいろなところで素敵な人たちに出会っている。

そして、胸を打つ作品に感動し大好きなものに囲まれる、このぼくの人生は幸せだ。これを幸せと呼ばずになんと呼べばいい‬。

 

 

確かに隣の芝生は青いし、「羨ましい」はどんなに心を抑えていても感じてしまうものだ。

 

でも、ぼくの人生は絶対的なものだ。人と比べるなんてバカバカしい。無駄だ‬。だってこんなに幸せなんだぞ。人と自分の人生を比べて落ち込むなんてしても何も得られない。

 

「もっと幸せになりたい」これは決して間違っていない。だけど、それを求めすぎていまの自分に不満を抱いたり誰かと比べたりしてしまうのは、もっとも幸せからは遠いことだ。

 

 

だから、これを今、今のこの気持ちを失わないために、今こそ書かねばならないと筆をとっている。

ぼくは暗く、弱い人間だ。だからこうやって書いて覚えておかないと、そのうちメンタルが悪い方向に引っ張られて忘れてしまう。この気持ちを忘れたくない。

つらいときはそんなことを考える余地もないのかもしれない。人と自分を比べ、自分は不幸だと嘆くかもしれない。間違いなくぼくはそういうタイプだから。だからこそ、今ここに書いた。

 

 

生きるって良いじゃん。全然良いじゃん。死んでしまったらこう思うこともできなくなるなんて寂しいよ。

 

 

ぼくのこの1日は、ぼくの・ぼくによる・ぼくのための計画だった。でもその計画のためには、どんな形であれ自分以外の誰かが関わってくれている。ぼくの人生そのものだって同じことだ。

 

 

だから、ここに書いておく。ぼくが幸せだと思えるのは、ぼくと関わってくれている人たちのおかげだ。家族にも友人たちにも、ぼくの推しにも、ぼくの好きな服やモノや作品をつくっている人たちに対しても、ぼくは感謝をしたい。でも恥ずかしいのでハッキリとは書かない…!

 

 

生きている限り、この世界では、悲しいことも、辛いことも、怒りを覚えることも、決してなくなることはないけど、この世界は案外美しいのかもしれない。全部が全部だめなわけじゃない。

 

 

こう考えられるのは、ぼくがオタクとして醸成されていった果てに生まれた独自の「オタク哲学」の「推しが存在してくれるこの世界は素晴らしい論」のほかに、最近読み始めた本の影響が多分に含まれている。影響されやすいのは自分の長所でも短所でもある気がする。でもそう考えるきっかけをくれたんだから価値だよね。間違ったことじゃないし。

 

 

不安を綴った挙句消した前回の記事があったからこそ、この1日があったし、なによりこの1日のおかげでぼくは幸せ者だと確信できた。こういう日をたまにつくれたらすごく素敵だな。掛け値なしに素晴らしい1日だった。

 

 

書きたいことは書けたので、今回はここで締めさせてもらいます。ここまで読んでくれてありがとう。

 

 

 

あーあ!

 

 

 

幸せだ!